1994/3/15 森信雄六段—藤井猛四段(順位戦)

感想

第52期C級2組順位戦最終局。藤井四段は勝てば昇級。本局は『藤井猛全局集 竜王獲得まで』冒頭の自戦記を飾る。藤井猛四段にとって「プロになって初めての、ここ一番」を迎えた。

対戦相手は森信雄六段。森六段とはこれが唯一の対局。関西将棋会館で戦う。

戦型は藤井四段の四間飛車に、森信雄六段が☗5五角と美濃囲いへのこびん攻めを見せた。自戦記によると☗5五角は森六段の十八番のようだ。そもそも藤井四段には☗5五角に備えて☖6四歩と突かない準備があったようだ。それでも☗5五角とするのだから、森六段は美濃囲いの最弱点は玉のこびんにあると思っているのかもしれない。実際に弱点であることは間違いなく、対応によっては一気に攻め倒されてしまう危険がある。

藤井四段は☖4二角と伸びてきた☗7五歩を狙っていく。☗7五歩は支えられないのでこびん攻めを発動するが、先手としてはまだ後方支援がない状態で攻めさせられた感もあり、後手は☖6四歩から手得しながら上部に厚い構えを目指せるようになった。そうなれば美濃囲いへのこびん攻めという先手の主張がなくなる。その後藤井四段は手得を活かし玉頭位取りの形にした。こびん攻めへの対応が上手く、ここは藤井四段が良くなっていると思う。

森六段は☗3七飛と、☗2八角が使えなくなるのを承知で後手から動く手段を封じ、穴熊に組みに行った。「玉頭位取りには穴熊が有効」という考え方は『四間飛車を指しこなす本 第3巻』で習った。穴熊には位が活きない。作戦負けから戦線拡大するのではなく、位取りを見てじっと穴熊に組みに行く森六段の実戦的な指し回しに唸った。

藤井四段も穴熊に組ませる訳にはいかない。穴熊に総攻撃を仕掛けていく。本格的な中盤戦に入った。自戦記によると、この仕掛けまでにも逡巡するところがあったようだ。藤井九段の自戦記は、そうした対局者特有の心理が書かれているのが良い。この総攻撃の中で1筋の突き捨ても入っているが、これが後のドラマを生む。

66手目☖8三金がなかなか指せない一手で、後の展開を見て感動した。

猛攻の最中じっと力を溜め、この金が前線に参加できるようになっている。たった一手で攻めに大きな厚みを得た印象だ。

80手目まで藤井四段の端攻めが決まったかに見える。続く86手目☖8五金~☖7六歩は、玉頭の厚みを保ちながら様々な攻め筋を生む藤井四段らしい一手で、自戦記にも「私自身印象に残っている手」とある。しかしここからのらりくらりと、森六段の玉が右辺に逃走していく。

先手玉が寄らなければ後手玉の薄さを突かれる恐れが出てきた。☗8九香は後手玉を守る鍵の駒になっている☖8五金を除去する手で、この金がいなくなれば上から押さえる手段が生じてくる。絶対に勝ちたいと思っている藤井四段としては焦る展開だったと思う。それでも藤井四段は前を向き、先手玉をめがけて攻め込んでいった。これが勝利を呼び込む。

135手目☗6五桂がハッとする手だが、自戦記によるとこれが敗着ということだった。代えて☗9五桂は言われてみればなるほど。7三の地点だけでなく8三の地点も攻める筋があった。

146手目☖4九銀から収束に向かう。最後の確認を行う1分の考慮時間に勝者の緊張を感じる。最後の詰み筋は約100手前に突き捨てた☖1五歩が効いて詰んでいる。日付が変わって0時55分、ついにC1昇級を決めた。

藤井猛四段が絶対に勝つと強い意志を持って臨んだ将棋。想定外の事態やミスがあっても、この将棋に向けた準備のお陰で主導権を握り、強い意志が前向きな手を生み相手のミスを誘うこともあった。そして、最後は逆に想定外の展開で相手玉の詰みが生じた。生まれるべくして生まれたチャンスを掴んだ藤井四段は見事だった。

評価値

評価値(Suisho5(20211123)-YaneuraOu-v7.6.3/1手15秒)

基本的に後手が良いが、大きく形勢が離れていない。88手目☖7六歩の局面でも1000点程度だ。こういう展開は攻めている側の焦りを生むのが常だが、悪くならないように攻防手を交えて攻めて行った藤井四段は素晴らしかった。

参考文献

  1. 藤井猛著『藤井猛全局集 竜王獲得まで』(日本将棋連盟発行/マイナビ出版販売)

棋戦情報

第52期順位戦C級2組(主催:毎日新聞社、日本将棋連盟)