1994/10/21 室岡克彦六段—藤井猛五段(棋聖戦)

感想

室岡克彦六段との戦い。室岡六段とは1993年2月、1993年11月、1994年9月、そして本局とよく当たっている。特に1993年11月からは藤井五段の四間飛車と室岡六段の天守閣美濃の戦いで、お互いの研究がぶつかり、最先端の将棋の推移を見ることができる。

本局は自戦解説掲載局。戦型はやはり藤井五段の四間飛車に室岡六段の天守閣美濃。この将棋は藤井五段の画期的な新手が盤上に現れた超有名局だが、藤井五段が「研究」という武器を手に入れることになった一局であり、「藤井システム」という言葉が生まれるきっかけになった一局でもある。

本局のテーマは☗2四歩~☗7五歩の仕掛け。

室岡克彦六段戦(1994/9/21・王位戦)でも現れた形で、引き続き最先端を行く。

上記エントリーでも触れたが、この仕掛けの初出は郷田真隆五段-羽生善治竜王戦(1993/10/11・日本シリーズ)。この将棋やその後の研究で「居飛車良し」が定説となっていた。奨励会時代から☖7一玉型を指していたという杉本昌隆八段でさえ、『振り飛車党宣言!④四間飛車対左美濃』(毎日コミュニケーションズ)では、この仕掛けをもって「☖8四歩は危険」と結論付けている。34手目☖8四歩とする形は藤井流の根幹であり、この手を指せば居飛車は必ず本局の仕掛けを指すことができる。だからこの仕掛けの成否は藤井流が生き残れるかどうかが懸かっていた。藤井五段はこの定説を覆すためにプロになって初めて詰みまで研究を深めることになる。

63手目までは郷田五段-羽生竜王戦と同じ進行であり、両者とも1時間程度しか時間を消費しておらず、予定の進行であることが窺える。もっとも現代将棋では10分も消費しないかもしれないが、この時代の棋士は実戦における思考も大事にする。次の☖7六香は自戦解説で「研究の一手」と書かれており、おそらく公式戦初登場。郷田五段-羽生竜王戦では☖8九竜であった。☖7六香には☗7七桂の味が良く、取られそうな桂馬を逃しながら受けることができている。室岡六段も1分しか消費しておらず、大して動揺していない様子。水面下では先手良しとして研究が進んでいた変化と思われる。

69手目☗5五馬。

この手が詰めろというのだから恐ろしい。並べてみれば確かに詰んでいる。そこで受ける必要があるが、考えてみると難しい。例えば☖6三金は、『藤井システム』(毎日コミュニケーションズ)の自戦記では「☗7二歩でやはり駄目」とあるがどうも簡単ではない。☖同玉は☗6五馬が次の☗8三角~☗6一角成~☗4三馬を見て厳しそうだが、それで本当に詰むのかどうか。もし詰まなければ☖7八銀成☗5七玉☖7七香成で今度は先手負けになる。また、☗7二歩に捻って☖6二玉のような手も考えられる。☗4二飛☖4二銀なら☗4三銀の追撃が厳しいか。しかし☗4二飛に☖5二金☗4一飛成☖7八銀成☗5七玉☖5一金打なら…。自分では到底結論を出せない、難解な変化が無数に存在するように感じられる。

藤井五段は深い研究の末、☖7二歩という最も最初に見える受けの手に戻ってきた。これには☗7四桂が厳しい手となる。☖同銀は☗8二銀☖6二玉☗7三角から詰み。また、☗7四桂に☖8一金という受けも☗8三飛という手があり、☖7四銀☗8二銀☖6二玉☗7三角でやはり詰む。

しかし、上から打つ☖8三金という受けがあった。

これが藤井五段が辿り着いた結論。この☖8三金で居飛車からの継続手がなくなっている。ここで66分も考えた室岡六段の驚きはどれほどのものだっただろうか。以下☗9三角の鬼手を繰り出すも、藤井五段は冷静に対応し、一手差を勝ち切った。藤井五段はついに定説を覆し、このテーマ図を「振り飛車勝ち」に導いた。

郷田五段-羽生竜王戦から約1年後のことだった。74手目の新手。結論を覆す新手は価値が高い。当時としては詰むかどうかという終盤での新手は相当画期的なことだったと思う。現代では将棋ソフトを使って、もしかしたら1日で出る結論かもしれない。しかし当時の棋士たちが挙って研究した形であるにもかかわらず、藤井五段だけがこの結論を導くことができたことは高く評価しなければならない。藤井五段はこの頃勝率が非常に高く、こうした研究を自力で行うことで力をつけてきたことが分かる。

この将棋を紹介する形で、島朗八段が「藤井システム」という言葉を使ったことが「藤井システム」の初出と言われている。まだ対居飛車穴熊藤井システムが生まれる前のことであり、最初は対左美濃(天守閣美濃)における藤井流四間飛車が「藤井システム」と名付けられた。プロ入り4年目、それだけ藤井流四間飛車が成果を挙げ、注目されてきたと言える。

評価値

評価値(Suisho5(20211123)-YaneuraOu-v7.6.3/1手15秒)

当時の藤井五段の研究の正確さが分かる評価値となっている。

参考文献

  1. 藤井猛著『藤井猛全局集 竜王獲得まで』(日本将棋連盟発行/マイナビ出版販売)
  2. 小倉久史・杉本昌隆・藤井猛『振り飛車党宣言!④四間飛車対左美濃』(毎日コミュニケーションズ)
  3. 藤井猛著『藤井システム』(毎日コミュニケーションズ)
  4. 藤井猛『ぼくはこうして強くなった』(『将棋世界』2014年9~11月号・日本将棋連盟発行/マイナビ出版販売)※『藤井猛全局集 竜王獲得まで』にも掲載されている

棋戦情報

第66期棋聖戦一次予選(主催:産経新聞社、日本将棋連盟)