1993/11/1 深浦康市四段—藤井猛四段(竜王戦)

感想

深浦康市四段との戦い。

竜王戦では2期連続の対戦で、前期は6組ランキング戦決勝、今期は昇級者決定戦決勝で当たる。よく勝っている若手同士ということもあり、大きい舞台で当たりやすい。

そして本局は『藤井猛全局集 竜王獲得まで』の自戦解説に収録されている将棋でもある。実に1年2か月ぶり。久々に藤井九段の解説を堪能する。

戦型は前回の対戦同様藤井四段の四間飛車に深浦四段の居飛車穴熊。前局では藤井四段の負け。藤井四段は右辺に手を掛け攻め味を見せる手を優先し、さらに☗7二飛に備えた研究手☖8三銀を披露した。

これは自戦解説がないとどういう工夫があったかなかなか分からないが、『藤井猛全局集 竜王獲得まで』には詳細な解説がある。

そして、それに対し深浦四段は68分の長考で☗2六角という、藤井四段の研究手を上回る手を指した。☖8三銀の瞬間後手の玉形が悪いため☗3五歩から攻めて行けるということだが、直前の手が☗3七角であったため相当浮かびにくい。ここから藤井四段の苦悩が始まる。「互角にする順が浮かばず」という藤井四段だったが、それでも玉形を少しでも整えて倒れないようにする実戦的な指し回しは勉強になる。

61手目☗5二香はいかにも筋悪の手。しかしこの手に40分も費やしておりかえって迫力がある。とにかく☗2四飛と走ることができれば勝ちと言う手で、長考でその裏取りをしたのではないかと思ってしまう。

そして今度は、藤井四段がそれを上回る構想を示した。72手目☖8二玉が素晴らしい!

藤井四段がたびたび見せる、戦いの最中に自陣に入れる効果的な一手。この☖8二玉はその中でも屈指の一手で、☗2一飛成も怖くなくなり、☗3四飛も☗5二香が邪魔をして次の☗4一馬が怖くない。見事に☗5二香を悪手にした。

そして端攻め~☖7七香からあっという間にいくらでもガジガジできる寄せ形を作った。

この終盤も特に参考になる。65手目まではしっかりとした居飛車穴熊のはずだった。☗5七銀も☗6八銀と守りに参加した。それにもかかわらず、端攻め~☖7七香で完全に崩壊している。本当にあっという間に勝ちになり、居飛車穴熊の急所を完全につかんでいるような将棋だった。

ちなみに『藤井猛全局集 竜王獲得まで』では「ガジガジ流」の由来についても解説されている。

投了図は結局☗5二香が残っていた。深浦四段にとっては大きく悔やんだ一手だったと思う。

藤井四段は借りを返す形で連続昇級を決めたが、本局についてはむしろ対居飛車穴熊の課題が残った一局だったようだ。

評価値

評価値(Suisho5(20211123)-YaneuraOu-v7.6.3/1手15秒)

評価値的には香損でも大きく先手に振れている訳ではなく、☗5二香も特に悪手と言われておらず、むしろ73手目☗9五桂がおかわりになる桂を渡したということで後手に振れ始めたと言っている。しかしそれではこの将棋の面白さに気付くことはできない。藤井四段の工夫、深浦四段の柔軟な対応、☗5二香の罪、☖8二玉からの好転という対局目線の流れが分かって初めて、藤井四段と深浦四段が絞り出すようにして残した棋譜を並べた甲斐があると思う。本来は自戦解説がなくてもそれが分かるようになりたいが、なかなかそうもいかない。自戦解説は本当にありがたい。

参考文献

  1. 藤井猛著『藤井猛全局集 竜王獲得まで』(日本将棋連盟発行/マイナビ出版販売)

棋戦情報

第6期竜王戦昇級者決定戦5組(主催:読売新聞社、日本将棋連盟)