1993/11/16 小阪昇六段—藤井猛四段(順位戦)

感想

小阪昇六段との順位戦。ここまで藤井四段は4勝1敗、小阪六段は2勝3敗。小阪六段は振り飛車党で、四間飛車対右銀急戦における☗8三角に「小阪流」の名を残している(参考図)。

本局は小阪六段の四間飛車に藤井四段が居飛車穴熊を採用。4手目☖5四歩に22分も使っており、符号だけの棋譜でも緊張感が漂っている。藤井四段が対抗形の居飛車を持つのは久々で、約1年ぶり。

小阪六段は四間飛車から6筋と7筋に位を張り、浮き飛車に構えた。軽い形で、場合によっては一方的に捌いて勝てる変化も潜む構え。それを察知してか、藤井四段は早めに角道を止め、8筋の歩も伸ばさず、☗7六飛に☖7二飛と極めて慎重な駒組みで序盤を進めていった。居飛車穴熊が完成するまで振り飛車に暴れさせてはいけない。

39手目、居飛車穴熊に組み切った藤井四段は飛車を居飛車定位置に戻し、小阪六段も7筋の歩交換から飛車を中段に浮く。この形の常套手段で、☗7二歩の垂れ歩や☗9七桂からの飛車ぶつけを見ている。

47手目に狙いの☗7二歩が出た。藤井四段がどのように対応するか非常に面白い局面になった。78分の長考で☖5五歩。一見、先手の銀を前に出す損な手で、やや強引な印象がある。すぐには狙いが分からない。藤井四段はどんどん歩をぶつけていき、右桂を活用することができた。これで☗7一歩成が怖くなくなった上に、☖6五桂の活用も見えてきた。桂馬が跳ねれば☖8六飛~☖8九飛成がある。しかし小阪六段も☗6六角~☗7七桂と、こちらも飛車の利きから逃げつつ桂馬を活用した。中盤の見応えのある攻防で、小阪六段の対応は振り飛車党目線で最善だったと思わせるものがある。しかしここは藤井四段が敷いたレールの上。60手目☖7五歩でついに藤井四段の狙いが明らかになった。

☗同角は☖5五角、☗同飛は☖8六飛。この歩を相手できず、小阪六段は4四の地点から攻め合いに出た。66手目の駒割りは飛車角交換の互角ながら桂取りが残っている。☗7二歩に対して、藤井四段が見事に大捌きに成功したと言える。しかし振り飛車の対応が悪かったとも思えず、実際の形勢は難解と思う。とにかく、藤井四段は居飛車穴熊の固さと遠さを活かそうとしている。

後手は大駒で金をはがされていく展開は嫌なところだったと思うが、本局藤井四段が角の利きから逃げるように金を動かす手がいくつか出て印象に残った。これによって常に居飛車穴熊が固かった。そして72手目の桂の跳ね違いが絶品。飛車が縦に使えなくなったが、続く☖6四歩で飛車の横利きが一気に通った。

攻め駒不足を補うため小阪六段は自陣桂を端から活用する緊急手段を見せるが、藤井四段は銀を投入してがっちり受け、と金を作ってでじっくり攻めて行った。穴熊の勝ちパターンで、90手目のあたりは藤井四段が勝勢になっていると思った。

それでもこの将棋は最後まで藤井四段の手に見どころがあった。110手目には☖8二歩と馬を僻地に閉じ込める藤井好みの一手が、そして最終手はずっと使えていなかった☖8三飛をびゅんと☖4三飛と使って後手玉を仕留めた。

この将棋は藤井四段独特の指し回しが見れた印象に残る一局だった。小阪六段が中盤、素晴らしい振り飛車の捌きを見せてくれたからこそ、藤井四段の強さもまた際立つ将棋だったと思う。最後の☖8二歩、☖4三飛で決めたのが本当に気持ち良い。

これで藤井四段は5勝1敗。非常に良い流れが続いている。

評価値

評価値(Suisho5(20211123)-YaneuraOu-v7.6.3/1手15秒)

☗7二歩の局面はほぼ互角。それから藤井四段の大捌きが出たが、ずっと難解なまま推移している。やはり素晴らしい中盤だった。振り飛車にも未来がある。いつの間にか後手が勝勢になっていると思ったが、先手が端桂から手を作っていったところから後手に振れていた。

参考文献

  1. 藤井猛著『藤井猛全局集 竜王獲得まで』(日本将棋連盟発行/マイナビ出版販売)

棋戦情報

第52期順位戦C級2組(主催:毎日新聞社、日本将棋連盟)