1991/7/16 藤井猛四段—松浦隆一五段(順位戦) ※指し直し局

感想

千日手指し直し局。開始時刻は深夜0時43分。朝の10時から将棋を指し、いったんすべてリセットして、深夜に一から将棋を指し始める。改めて恐ろしい世界だ。この時藤井四段は21歳、松浦五段40歳。体力的な面でも、負け将棋を千日手にできたと言う気分の面でも藤井四段がやや有利な状況だったと想像する。

藤井四段は3手目すぐに居飛車を明示した。千日手局のような将棋を避けたかったのかもしれない。後手の松浦五段は振り飛車のようでなかなか態度を示さず、両翼の銀を4三、6三まで持って行って飛車を振る陽動振り飛車だった。千日手局も含め、松浦五段の将棋は力自慢のような印象を受ける。

藤井四段は矢倉のような形だったが、後手の右桂の活躍を未然に防ぐため☗8七玉から銀冠に切り替えた。これが上手く、4枚の銀冠+米長玉まで組めて先手十分な分かれに見える。

57手目☗5四歩が軽い対応で参考になった。

こうして角頭から手を付け、飛車を捌く目途が立った。後手も捌けそうではあるが、捌き合いなら玉形の差で藤井四段が良いと思う。

しかし振り飛車が捌きにいくところで、松浦五段の指し回しは妖しかった。なかなか☖4六角と清算せずに、玉頭に味をつけてきた。藤井四段の対応は妥当だと思ったが、4六に飛車がいるまま☖8六歩とされたところはかなり気味が悪い。☗8四歩はうまい切り返しのように見えて、何も受けずに☖7五銀とされては焦ってしまいそうだ。☗8三角を受けなくても良いとは!

藤井四段はこの歩を成り捨てて☗6一角としたが、松浦玉が中段に泳いできてつかまりにくい形になってしまった。まだ四段目にいる飛車が不気味なほど後手玉の受けに利いている。先手が良いと思っていたがここはもう急所がよく分からない。おそらく夜中の3時を回っており対局者も訳が分からない状態だったのではないか。

それでも☗5六桂から飛車を外しつつ後手の頭を押さえることができた。ホッとしたのも束の間、松浦五段の☖4七角!が強烈な勝負手。☗5六金は取らせることはできないし、☖6九角成はすこぶる厳しい。一見して受けが難しい。藤井四段は残り4分から2分を使って☗4六飛(105手目)としたが、松浦五段は☖6九角成ではなく☖8七銀から寄せに出た。すぐ弾けそうだが、☖9五桂~☖9六金が深夜ながら鮮烈な決め手であった。こんなところに送りの手筋があるとは。寄せがあるなら☗4六飛はあまり利いていなかったことになる。

終局は夜中の3時39分。何が起きてもおかしくない深夜の将棋だった。藤井四段は後にこの将棋について「必勝に近い将棋になったのですが、終盤目が見えなくなって……」と語っている。初参加の順位戦、良い局面もあっただけに藤井四段としては手痛い1敗となってしまった。

評価値

評価値(Suisho5(20211123)-YaneuraOu-v7.6.1/1手15秒)

藤井四段の言う通り、確かに先手が相当良い数字が出ている。ただ、玉が中段に出てきたところは差が縮まったと思っていたが、評価値上はまだ差を広げていたところであった。一気に下がったところはやはり☗4六飛(105手目)だった。深夜、この少ない手駒という条件で寄せを見出していた松浦五段の執念が感じられる。

参考文献

  1. 藤井猛著『藤井猛全局集 竜王獲得まで』(日本将棋連盟発行/マイナビ出版販売)
  2. 若手棋士インタビュー 藤井猛四段の巻 一人将棋でつかんだ将棋観(『近代将棋』1991年10月号)

棋戦情報

第50期順位戦C級2組(主催:毎日新聞社、日本将棋連盟)