感想
NHK杯本戦。藤井五段は過去2回本戦に出場しているが、今まで本戦での勝利がない。今年は対振り飛車急戦の大家、青野九段という強敵と当たることになった。
青野九段とは過去1回対戦しており藤井五段の1勝。前局は自戦解説にも掲載されており、当時は「鷺宮定跡の研究がまだ浅く」三間飛車を採用したが、本局の藤井五段は四間飛車。対急戦の事前研究も深まり、自信がついている雰囲気がある。
24手目の局面は☗5七銀左急戦対☖6四歩型美濃囲いの基本形。☗1六歩☖1四歩の交換が入っているのがポイントで、微妙に後手の得になっている。
29手目☗3八飛からは定跡手順。
『四間飛車の急所 第2巻』に詳しい解説が載っている。42手目に☖4九角と打てるのが1筋突き合い型のメリット。『四間飛車の急所 第2巻』では☖4九角☗1八角に☖1五歩があるため先手は受けづらいとされている。ただし、2013年の木村一基九段戦(朝日杯・2013/12/20)では☗1八角に☖3七歩と指されており、定跡は進化していそうだ。本譜は☖4九角に☗2六飛とし、☖3四銀☗同銀☖同飛☗2五飛☖3八飛成☗2三飛成と後手桂損の捌き合いに進んだ。後手は☖5三歩型美濃囲いが堅く、桂損でも問題ないと見ている。
☖5三歩型美濃囲いは堅いとはいえ、いったん手がつくと脆いのが美濃囲いの泣き所。手つかずの内に寄せ形に持っていく必要がある。ここからの藤井五段指し手は圧巻だった。
☖5八角成☗同金☖5七銀!が好手。
必死の食らいつきだ。駒をたくさん渡すため反撃が怖いが、☖5四歩型美濃囲いでは成立する反撃筋も☖5三歩型美濃囲いでは成立しない。53手目は『四間飛車の急所 第2巻』では☗3九銀打という手順が紹介されているが、青野九段は☗3九歩。これには☖4九竜とすり込み、☗5七金に☖4八銀と、駒を取りながら攻めることができた。☗5八銀が一瞬分厚い壁のように見えて58手目☖6九銀!が決め手。
先ほど入手した銀のタダ捨てで、攻めが切れないことが確定した。アクロバティックな手順がテレビ棋戦で現れ、リアルタイムでは盛り上がったのではないかと思う。
67手目の局面は竜金銀と3枚の攻めになっているが、後手に駒を渡せない制約がある局面になっている。駒を渡さずに☖5三歩型美濃囲いを崩す手は無い。そこでぼちぼち☖6八銀成~☖7八成銀~☖8九成銀と追加の攻め駒となる桂香を取りに行くだけで先手は受け無しになった。結局美濃囲いはその形を残したまま終局を迎えた。
藤井五段の会心譜。NHK杯本戦初勝利を鮮烈な手順で飾った。
これで藤井五段の1994年度の対局が終了。29勝12敗2千日手で、勝率7割7厘。1991年度のデビューから4年の内3年が7割超え。見事な成績だ。
評価値
評価値的にはまだ定跡範囲内と思われた41手目☗3六飛で既に後手に振れている。しかしその後の優位の広げ方のなんと見事なことか。ここまで有効な強手を放ち続けられることはそうそうない。細い攻めを繋げる卓越したセンスは深い研究に裏付けられたものでもある。
参考文献
- 藤井猛著『藤井猛全局集 竜王獲得まで』(日本将棋連盟発行/マイナビ出版販売)
- 藤井猛著『四間飛車の急所 第2巻』(浅川書房)
棋戦情報
第45回NHK杯争奪戦本戦(主催:NHK、日本将棋連盟)