1992/9/16 藤井猛四段—武市三郎五段(順位戦)

感想

武市三郎五段との順位戦第4回戦。ここまでの順位戦成績は武市五段が0勝3敗、藤井四段が2勝1敗。藤井四段は第3回戦では痛い敗戦を喫した。

武市五段と言えば筋違い角で有名だが、本局は藤井四段が先手。どういう形になるかと思ったが、武市五段は、振り飛車を目指す藤井四段の指し手と全く同じ形で追随してきた。12手目まで先後逆の全くの同手順で、ちょっといやらしい感じがする。特に11手目と12手目は角道を開ける手で激しさもある。13手目に藤井四段から角交換し、武市五段の方が先手番のようになり、序盤の追いかけっこは終わった。

立ち上がりは思いもよらない手順になったが、結局武市五段の向かい飛車対藤井四段の居飛車のような感じになった。ただ、武市五段はこの後、玉を右に囲うのではなく、中住まいにした。昔並べると奇異に映ったかもしれないが、今では十分あり得そうな形だ。乱戦模様だが、『藤井猛全局集 竜王獲得まで』の戦型分類は「相振り模様対抗形」となっている。

お互いに6筋と4筋の位を取り合い、大駒の打ち込みを気にする駒組みが続く。特に2筋、武市五段側から☖2五歩☗同歩☖同飛と飛車交換を挑む権利があるので、飛車の打ち込みも気にする必要がある。藤井四段が☗4九金型のままでいるのはそれに備えていそうだ。

38手目の銀引きは、位を取って盛り上がってきた流れに反するが、いかにも飛車の打ち込みに備えている感じで☖2五歩の気配がする。それに対し藤井四段は58分の長考で☗6八銀と引いた。4筋の脅威が薄くなったのでこの銀は5七で頑張る必要はなく、玉の脇腹も締めて味が良い。

そしていよいよ☖2五歩が来た。武市五段が飛車交換を挑み、藤井四段も堂々と応じる。お互いに飛車を持った方が良いと言っており、二人の読みがぶつかり合っている。ここからの藤井四段の指し回しは圧巻だった。

飛車交換後の☗5五歩はノータイム。中住まいでいる後手陣の弱点を突いているが、別の意味もあった。続く☗2二角も一見自然だが、☖3七桂不成という上手い切り返しがある。☗同桂は飛車を打ち込まれるスペースが空く上に、☖2九飛が角金両取りになる。☗2二角と打ったからこそ☖2九飛の厳しさが増している。これで後手が良ければ話がうますぎる。武市五段は91分掛けて☖3七桂不成とした。それに対して藤井四段は☗同桂!とし、角金両取りを受け入れる順に進めた。

金は取られるが、☗6八銀と引いた手や、☗5五歩と突き捨てていた効果で☗5九歩が打てる。そして☗3七同桂とした右桂が手に乗って後手陣の急所に刺さる。先手は駒損だが駒の勢いが桁違いに良い。素晴らしい大局観。あまりにも見事な流れで、☗6八銀からこういう展開を見据えていたように思う。武市五段は☖3七桂不成に費やした91分、他の手も含めて読みを進めていくにつれ、それ程良くならないことに気付いた苦しい時間だったのではないか。

中盤以降は、抜け出した藤井四段がいつものようにうまく将棋を収めていく。先手陣は堅いと言う程ではないが、不思議と怖い筋がない。65手目歩の突き捨てから桂跳ねは、先手陣をさらに広く安全にするとともに、後手陣を弱体化させる見事な手順だった。70手目☖7七香もハッとする手だが、藤井四段は堂々と☗同銀で、罠や寄せが見えていることが分かる。72手目☖5五金に☗同馬は☖7七香の効果で危険になっている。それは分かるが、逆に☗7七同銀としたことで、金を取らずに☗4四馬から寄ると見据えているのが恐ろしいほどの強さだと思う。

これで順位戦は3勝1敗。本局は中盤の藤井四段の指し回しが一番の見どころだったが、終盤の決め方も興奮した。お気に入りの将棋。

評価値

評価値(Suisho5(20211123)-YaneuraOu-v7.6.3/1手15秒)

全体的に先手が押している将棋だったのは間違いなさそうだった。61手目のところでやや互角に戻っているのは、香車を上がった瞬間に☖9七桂という手があるのが理由のようだ。単騎の桂で意外な手だが、先手陣の金銀の悪形の弱点を突かれている感じで確かに嫌な手だ。

参考文献

  1. 藤井猛著『藤井猛全局集 竜王獲得まで』(日本将棋連盟発行/マイナビ出版販売)

棋戦情報

第51期順位戦C級2組(主催:毎日新聞社、日本将棋連盟)