感想
室岡克彦六段との戦い。棋界随一の研究家、室岡克彦六段の存在は様々な定跡の進化に寄与している。藤井システムの進化も室岡克彦六段抜きには語れない。室岡克彦藤井猛戦はどの将棋も注目すべきカードだ。
戦型は藤井四段の四間飛車に室岡六段の居飛車穴熊。本局は『振り飛車党宣言!③居飛車穴熊対策編』に自戦記が載っている。
藤井四段は一段玉のまま美濃囲いを膨らませ、一段玉のまま攻めるか、銀冠に組み替えるか、選択肢を残したまま駒組みを進めている。そんな中、室岡六段の33手目☗5五歩が珍しい手。後手の角道を止めただけでなく、☖5四歩を防いだことで☖4三銀~☖5二銀~☖5三銀の組み替えも消している。後手も黙っていられないのですかさず☖4五歩。☗5五歩が浮いているので次は当然☗5六銀だと思ったら、☗6八角とまたも意表の手。室岡六段の工夫が出た。
指されてみればなるほど。本譜のように☖5五角と出れば、☗2四歩から捌きに出ようと言うもの。46手目は後手一歩得ながら、先手は角を手持ちにした。先手の利の方が大きいように見える。面白い指し方があるものだ。
しかし形勢が大きく離れた訳ではないはず。56手目の端攻めと62手目の☖2四角で☗7九金を狙える形になり、居飛車穴熊も相当気持ち悪そうだ。ただ、そこで室岡六段が☗2二歩と落ち着いた手を指しているので、室岡六段は自信を持っているように思える。
95手目☗8二角は☗3一竜~☗9三飛狙いだが、☖9二香で受かっているように見える。☗9一角成に☖9四香で、中空に香車の3段ロケットという珍形が現れた。
☗3一竜~☗8二飛は☖7三玉で耐えている。ここは逆転して後手が良くなっていると思う。
109手目☗7八玉の早逃げに☖6五歩が見事な一手だった。
後々分かるが、ここが急所だった。こういう手を指せるようになりたい。そして111手目☗5五香に☖7二銀がまた上手い。☗5三香成の当たりから先逃げしつつ玉の脇腹を締める。藤井四段に味の良い手が続いた。
126手目☖6六歩からは、馬を自陣に引きつけられたが、玉との距離が近くかえって目標になっている。☖6五歩で6六の地点を戦場にした効果が抜群に出ている。そのまま藤井四段が押し切った。
本局は室岡六段の工夫が出て先手が作戦勝ちになったと思うが、藤井四段の的確に急所を突く攻めが印象に残った。ところが後で『振り飛車党宣言!③居飛車穴熊対策編』の自戦記を読んで、後手が良くなったと思った後の104手目☖8二銀が悪手と知って驚いた。109手目に☗9一銀!という妙手で先手が勝つという。手堅い受けに見えた☖8二銀が逆に負けにしているというのは恐ろしい。この辺りはお互い残り8分であり、時間切迫もあったかもしれない。見えないドラマがあった。
それにしても自戦記に書かれてあることは、当然ながら自分が抱いた感想とは全く異なることが書いてあって面白い。室岡六段の本当の工夫、それに対する藤井四段の応手の理由。一見スルーしてしまうような手にも大きな意味がある。
評価値
序中盤はもう少し先手に振れていると思ったがそうでもなく、難しい勝負が続いていたようだ。室岡六段の工夫はあったが、藤井四段がうまく勝負に持ち込んでいた。☖1九角成と3枚目の香車を補充したところは既に後手に傾きつつあった。一瞬元に戻っていたのは観戦記にもあった☖8二銀の瞬間。改めて見ても恐ろしい。
参考文献
- 藤井猛著『藤井猛全局集 竜王獲得まで』(日本将棋連盟発行/マイナビ出版販売)
- 小倉久史・杉本昌隆・藤井猛『振り飛車党宣言!③居飛車穴熊対策編』(毎日コミュニケーションズ)
棋戦情報
第19期棋王戦(主催:共同通信社と観戦記掲載の21新聞社、日本将棋連盟)