感想
中川大輔五段との戦い。『藤井猛全局集 竜王獲得まで』を読んでいると、中川大輔五段は早いうちから仲の良い棋士の一人だったことがよく分かる。
戦型は藤井四段の石田流に中川五段が棒金を示した。金が上ずることを厭わない、むしろ金の力で力強く抑え込む中川将棋。藤井四段としても想定内の展開ではないかと思う。☗７九銀はギリギリまで動かさず、いつでも☗６五歩と捌けるようにしている。さらに藤井四段も左金を前線に送り、金には金で対抗した。ここで中川五段が抑え込みにこだわらず、先手の金（７六）と後手の金（６三）では、若干後手の方が金の位置が良いとしたのが上手いと思った。力強い将棋を指す人は同時に柔らかさも備えており、局面をまとめ上げる力に秀でている。
36手目、このタイミングで☖１四歩。普通は☗１六歩と突き返すが、☖１三角とのぞかれて味の良い受けがなさそう。☗５八銀はあるが、藤井将棋は前に前に行く。やはり☗１六歩とは突き返さずに☗４六歩とし、続いて☗５六銀と出た。☖１五歩と突き越されはしたが、それよりも中央の戦いに命を懸けている。中央からの戦いになれば、今度は玉の位置（☗２八玉と☖３二玉）で先手が優位に立てる。戦いを起こしやすい先手ペースではないかと思った。
しかし48手目☖４三銀引と、柔らかい受けの手が出た。藤井四段がバチバチに中央で戦いを起こそうとしたところ、争点が下がってどんどん攻めて行ける形ではなくなった。ここから第二次駒組合戦が始まり、再び序盤に戻った。しかしこの駒組みで、後手の棒金は中央の位を守る駒になり、後手玉は２二に収まった。先手が端の位を捨ててでも取ろうとした中央の優位性は無く、ここでは後手が盛り返したように見える。
62手目☖６五歩で後手から開戦。対して☗７四歩は目いっぱいの反撃だが、☖８六歩～☖６六歩が綺麗な攻めで、☗６六同角に☖８六飛～☖６七金の綺麗な飛車角両取りが決まった。両取り逃げるべからずで☗６一飛と打ちおろすものの、中川五段は飛車ではなく角を取り、真の狙いである☖５七金を実現させた。☗４七銀型の弱点である５七の地点を突かれた格好で、☗６三とから飛車の成り込みを見せても、このと金が陰となり☖４七金～☖６九角の攻めが生まれる。ここは中川五段が優位に立ったと思った。
そこで☗１六歩！と物凄い反撃が出た。
藤井将棋はしばしば端の突き越しを許し、そして地獄突きのカウンターを見せることがあるが、まさかこの局面で出るとは。確かにと金を動かさなければ後手からのすぐの攻めがない。また上手くやれば端が広くなる可能性がある。中川五段は☖４五歩～☖５六歩と角道を開けながらと金づくりを見せるが、☗１四歩☖１二歩と完全に端の逆襲に成功した。ここは難解に見えるので、そもそも後手有利ではなかったかもしれない。それにしても☗１六歩からの逆襲は凄かった。
藤井四段の端攻めはなお続く。もっとも、攻めが止まってしまうと☖５一香などで後手玉が遠くなるので、一気に攻め立てていきたい事情もあるのではないか。そのため藤井好みである☖９九角成に☗７七桂のような手も今回は利きそうにない。そこで95手目☗２一竜とすり込んだが、☖２二馬と強力な馬が生還してしまった。☗１四香から攻め倒せないものかと思ったが、99手目☗９一龍と撤退したところを見ると難しそうだ。猶予を得た中川五段は☖２四歩と突き、これが後手玉の逃走ルートをひろげながら先手からの様々な攻めを封じる価値の高い一手だった。
攻め切れない藤井四段は☗５八歩と受けに回ったが、中川五段は☖６六馬からあっという間に先手玉を寄せた。藤井四段が負けてしまったが、難解で見どころの多い将棋だった。しかし、2月15日の順位戦で勝って以降2勝3敗と、この頃の藤井四段にしては負けが多い印象を受ける。昇級戦を前にあまり良い精神状態ではなかったのではないかと想像させる。
評価値
思った形勢とは結構異なっていた。まず序盤はほぼ互角ながらやや後手に振れている。特に47手目☗４八飛の局面は先手ペースと思っていたが、そうでもなかった。実際☖４三銀引という手を指されて先手も攻めて行けなくなったことを思うと、確かに先手ペースとは言えないか。また、後手が仕掛けた62手目からは後手が良くなったと思っていたが、74手目☖５七金の局面はむしろ先手に振れており、地獄突きは先手有利な中指されたことになっている。その後の端攻めにかけて先手の優位は拡大し、86手目☖９九角成では1000点を超えている。しかしこの優位は☗２一竜☖２二馬の交換で消えた。一気に決めたいような攻めであったため、ここで攻め切れないということであれば、心理的に先手が良いとも思えない気がする。
参考文献
- 藤井猛著『藤井猛全局集 竜王獲得まで』（日本将棋連盟発行/マイナビ出版販売）
棋戦情報
第7期竜王戦ランキング戦4組（主催：読売新聞社、日本将棋連盟）
