1994/12/12 中原誠永世十段—藤井猛五段(王座戦)

感想

ついに中原誠永世十段と戦う。中原永世十段の実績は言うまでもないが、この対局の時は47歳で、いよいよタイトルをすべて失い、永世十段を名乗った頃だった。

藤井五段は四間飛車。中原永世十段は5筋に位を張った。藤井五段は☖3一銀型のままであることを活かし、5筋に対抗して3筋の位を取り、三間飛車に飛車を振り直した。軽い捌きを目指している。

28手目☖6四歩は先手に☗6五歩と伸び伸びした好形を防ぐ手だが、☗6五歩からの歩交換が生じる。その間に左銀を前線に繰り出し、気になっていた銀の立ち遅れを解消できた印象がある。そこで中原永世十段の指し手は☗5八金左。振り飛車の捌きを許さない構えだ。

それを見て藤井五段は☖3四飛として桂や角を前に出しやすくした。石田流の他、☖3三角、☖4五歩、☖5四歩、あるいは☖5四銀と色々な手の候補が生まれており、振り飛車は技をかけやすい形と言える。居飛車の金銀に完全に抑え込まれる前に動いていく姿勢が見て取れる。そして、藤井五段は早速36手目に仕掛けていった。

中原永世十段は藤井五段の仕掛けの手に乗りながら銀を前に繰り出し、5段目に銀2枚が並んだ。一見嫌な感じだが、☖3六歩~☖5四歩とこの銀にすぐアタックし、捌きの目処を立てていく。しかし☗4八飛が上手い切り返しで、飛車が動くと4四の銀を取られてしまう形になった。

この将棋は中盤が難解で、ここからしばらく☖4四銀が取られそうで取られないままの攻防が続いていく。

藤井五段は、☖6六歩☗同角を入れ、それでも☖3六飛と走っていった。

☗4四角とされると銀損になるがお構いなし。むしろ「取って欲しい」というような手順だ。しかし私には取られるとどうなるか分からない。中原永世十段は取れる銀を取らず、じっと☗5六歩と打ち、☖2六飛にも☗2八歩と打ち、冷静に藤井五段に動きを封じる。ここまでされると攻めの継続が難しい。56手目に☖6二歩と手を戻した。ここも受けるにしても☖4三歩のように4四の銀取りを受けるのではなく、☖6二歩なのが分からない。あくまで「☖4四銀を取ってくれ」と言っている。

この瞬間、57手目☗7七桂は本局で最も感動した手。

さすが桂使いの名手。☖6二歩で逃げ道がなくなったところを見て端攻めを狙っているのは分かるが、☖4四銀を取る取らないの攻防に思考を巡らせていたら突然意識の外から手が飛んできた印象だ。また、☖6六歩☗同角を利かせたことも後悔させようとしている。そして何より、この端攻めが受けづらい。☖4四銀を巡る攻防とこの☗7七桂は本局のハイライトだと思う。難解だが、高度な駆け引きが行われていたことが想像できるし、その上を行く☗7七桂が現れたのが面白かった。

藤井五段は☖4五銀とし、銀を前に出しつつ先手の角を除去する。驚いたのは74手目の局面、王手で☖2八飛成とできるが、☖4六飛と飛車を切って☖5七角と攻めて行ったこと。☖2八飛成は☗3八銀と受けられて継続手がないか。それだけ☗8五桂が厳しく、藤井五段は手番を握り続ける必要があるということが分かる。

78手目☖3五金は本来打ちたくない金だと思うが、その代わり☖4五桂と桂馬を飛べたのも大きい。しかし中原永世十段は一貫して丁寧に受ける。受けながら手駒を蓄えていくのはもちろん、91手目☗6六角で再度好位置に角を据えたのが見事だと思った。☖3九飛に☗8五桂があまりにもぴったり。

☖9九飛成を防ぎながら、ついに桂馬が跳躍した。57手目に☗7七桂としてから34手後の跳躍。藤井五段が手段を尽くしたにもかかわらず、結局この桂馬が厳しくなる状態を保ったままなのが凄い。

☖8四歩~☖8三銀で端が緩和されたようでも、☗9四歩~☗7五歩で今度は7三の地点が薄い。自然な形や手順は自然に良い手が生まれてくるのが分かる。

102手目☖8五銀は最後の勝負。自玉は薄くなるがとにかく先手陣に迫っていく。しかし中原永世十段はほぼノータイムで進め、後手陣を寄せた。最終手☗9三歩で寄っているのも上手い。

藤井五段が若手時代に大棋士と戦った将棋。中盤、特に☖4四銀を巡る攻防が面白かったが、中原永世十段の強さを感じることになった将棋でもあった。

評価値

評価値(Suisho5(20211123)-YaneuraOu-v7.6.3/1手15秒)

意外にも、57手目☗7七桂以降は後手に振れていた。半ば焦らされるような形で藤井五段が攻めているのかと思ったが、チャンスと見て攻め込んでいた可能性もあるだろうか。☖4四銀を巡る攻防のところ、53手目☗5六歩に代えて☗4四角なら☖4七歩☗同飛☖4六歩☗3三角成☖4七歩成☗1一馬☖5八とが考えられるようだ。形勢は難解だが先手陣が薄い。本局、中原永世十段が藤井五段に暴れさせない方針だったため、この変化を選ばなかったと思われる。☖3五金以降互角に戻り、徐々に先手に振れていった。中盤以降どこか焦りを感じてしまうのは、指した手を後悔させるような手を見せていること、確実で厳しい攻めを見せておいて攻めさせていること等、複数要因があると思った。中原将棋、勝負としての厳しい指し回しに唸る将棋だった。

参考文献

  1. 藤井猛著『藤井猛全局集 竜王獲得まで』(日本将棋連盟発行/マイナビ出版販売)

棋戦情報

第43期王座戦二次予選(主催:日本経済新聞社、日本将棋連盟)