感想
順位戦昇級者で争うIBM杯。佐藤康光前竜王はA級昇級者。強者との一戦。対戦成績は藤井六段の1勝。
戦型は藤井六段の四間飛車に佐藤前竜王の☖5三銀左急戦。天守閣美濃のような持久戦ではないところに、藤井六段の研究を認めた戦法選択であるように感じる。
藤井六段は☗6七銀☗5六歩型に構え急戦を迎え撃つ。26手目☖4二金上の局面、☗4六歩と突きたくないと思うと先手の手が悩ましい。☗9八香は☖6五歩早仕掛けの時に☖8七角と打たれて香車に当たってしまうような変化が生じる。かと言って☗4六歩☗9八香以外の手は難しい。本譜は9筋の突き合いを入れて☗9八香。それを見て佐藤前竜王はやはり☖6四歩~☖6五歩と仕掛けてきた。
44手目☖9九角が目新しい一手。藤井六段はここで持ち時間3時間の内52分も費やし、最も自然に見える☗6六角と対応した。☖6五桂☗同桂☖6四銀と進んだ時に、☖6六角成☗同飛が入ることで、飛車の位置が6八か6六かの違いが出る。佐藤前竜王は6六の位置の方が後手にとって得だと主張していることになる。
51手目☗2六桂は☖4二金型に対する常套手段。序盤、後手は振り飛車に余計な1手を指させるための駒組みをしていたが、それを逆用しているようで気持ちが良い。☖8八角~☖3三角成と手厚く対応したが、この変化は飛車を6六に移動させた効果があまりなく、藤井六段が上手く指しているように感じた。
55手目☗5五歩は筋。棋譜並べでは特にこういう手を吸収していきたい。対する☖6三銀打が凄い手で、6五の桂馬を取られるかもしれないと焦ってくる。藤井六段は☗7三角とぶちこみ、大きく駒損するが飛車成りに賭けた。
先手は飛車を成ることができたものの、佐藤前竜王は駒を投入して受けてきたため側面が手厚い。そこで☗2六桂を頼りに玉頭から攻めて行く。この展開は高美濃が心強い。しかし71手目☗5五歩に☖4五銀!の歩頭銀には驚いた。☗同歩は☖5五馬が王手竜取り。玉頭を手厚くしており、妙手でもあり合理的でもある。
藤井六段はそれでも☗3三香と打ち込んで行った。☖4五銀は質駒とも言える。☗2五桂~☗3三歩と拠点を作り、駒が入れば詰む形になった。居飛車としては側面の壁が祟っている。しかし先手も☖4五銀が生きているうちに☖3六桂と打たれ、こちらも大きな拠点が残った。金銀を渡すことができない。
87手目、☗4五桂と跳んで後手玉への攻めがさらに手厚くする。大駒4枚はすべて後手に渡ったが「終盤は駒の損得より速度」がぴったり当てはまる局面だ。後は先手玉がどうなっているかと思ったが、90手目☖6六角という攻防の一手があった。☗4八銀と投入せざるを得ず、後手玉の詰めろが解除されている。そこで☖1八飛成の妙手が出て、☖4八角成~☖2八銀の筋が受からず後手が勝ちかと思ったが、☖4八角成には☗同金上!という手があり、☖5九竜に☗4九銀と引いてギリギリ詰まない。☖1八飛成以外の手があっただろうか。これが逆転勝ちであれば、87手目☗4五桂と前を向く勝負手が勝着となったように思う。
非公式戦ながら濃密な内容で佐藤康光前竜王に競り勝ったことは大きい。
評価値
序盤はほぼ互角の状態で推移し、中盤からちょっとずつ後手に振れていた。大駒4枚渡ったところは後手が勝ちの数字になっているが、☖1八飛成で一気に先手に振れた。☖1八飛成が敗着だった。代えて☖4八角成~☖6三金という冷静な手が示されていた。この精神的な極限を迎えたような局面で、詰めろを掛けなくても良いという発想がなかった。☖4八角成を入れずに単に☖6三金は☗3六金と根元の桂を外すことができる。
参考文献
- 藤井猛著『藤井猛全局集 竜王獲得まで』(日本将棋連盟発行/マイナビ出版販売)
棋戦情報
第7回IBM杯戦(主催:毎日新聞社、サンデー毎日、日本将棋連盟)