1992/7/31 高橋道雄九段—藤井猛四段(王将戦)

感想

タイトル5期、棋戦優勝3回、A級13期という実績を持つ高橋道雄九段との一戦。私にとって高橋道雄藤井猛戦というカードは藤井システムの戦いと同義であった。絶対に藤井システムを成功させたいと言う藤井九段と、藤井システムは無理だと言う高橋九段の声が聞こえるような意地があった。お互い頑固な棋士で、だからこそ藤井システムの定跡はこの二人によって進化していった。

戦型は藤井四段の四間飛車に高橋九段の天守閣美濃。ここまで70局並べてきたが、天守閣美濃の割合が非常に高い印象を受ける。そして本局、後に「対左美濃藤井システム」と言われる基本形がついに姿を現した。

☖6三金と上がっていないため☖2二飛とする必要もなく、自然な手順で、玉頭攻めを見せた☖8四歩が間に合っている。これまでの対天守閣美濃を戦いを見ていたからこそ、余計にこの形の美しさを感じられる。この基本形の初出はこの将棋だった。

高橋九段は玉頭攻めの狙いを察知し、玉頭の圧力から遠ざけるべく☗9八玉から米長玉銀冠に囲いを発展させた。この場合☖6五歩の効果で居飛車の右金が使いづらいというのが後手の主張の一つになる。その右金を働かせるため、☗5七金~☗6六歩~☗6七金とするのが先手の常套手段だ。本譜も41手目☗5七金としてその準備かと思いきや、☖4四銀を見ていきなり☗2四歩~☗3七桂と開戦した。

☖4四銀と出たが、☖3五歩としてもポイントを挙げられない。☖5五歩も☗5七金が厚く、後に☗3五歩のカウンターを受けてしまうだろうか。むしろ先手から☗5五歩とされ、あっという間に☖6四角を狙える将棋でなくなってしまった。高橋九段が機敏な動きでリードを奪ったように見えた。

藤井四段は☖4二角から☖8五歩と玉頭攻めを絡めていったが、後手は銀冠でないためやや迫力に欠ける。☗5六歩☖6四銀の交換が入り、角の利きも遮られてしまった。そこで藤井四段はさらなる戦線拡大を求めて飛車交換し、香車を拾って☖8三に据えた。玉頭攻めと一段竜の利きができて、先手も安心できる形ではなくなってきた。

しかし高橋九段は冷静だった。☖8六香の瞬間に☗8三歩が見事なカウンター。高美濃の弱点を的確に突いた一撃だった。

最終盤、高橋九段の読みは正確だった。藤井四段が王手竜取りを掛けたが、当然高橋九段は承知で、竜を取らせる間に先手玉を安全にし、後手玉を一手一手の形に追い込んだ。開戦から終局まで、高橋九段の強さが感じられる一局だった。

「対左美濃藤井システム」基本形が出た第1号局であったが敗戦に終わってしまった。しかし藤井四段はこの形を磨き上げ、天守閣美濃を絶滅させる戦法まで昇華させた。新しい形で成功だけということはあり得ない。試行錯誤を重ね一手一手に意味を持たせ、ついに成功させたことに意義がある。居飛車が天守閣美濃を採用する流れは今後もしばらく続く。引き続きこの戦法の進化を楽しみたい。

評価値

評価値(Suisho5(20211123)-YaneuraOu-v7.6.3/1手15秒)

全然違った。飛車交換したところは藤井四段がうまく勝負形に持ち込んだと思ったが、そもそも後手寄りであった。☗5二と~☗2一飛成が入ったのが先手にとって大きかったようだ。そして終盤は高橋九段の鋭いカウンターと正確な読みに唸っていたが、92手目は☖8六歩に代えて☖7八銀(詰めろ)とすればむしろ後手にチャンスがあったということだった。素人目では気付かないチャンスだが、対局者の形勢判断はどうだったろうか。藤井四段は84手目から1分将棋に入っており、勝ちがありそうだと思いながらも時間に追われたということなら悲劇的だ。

参考文献

  1. 藤井猛著『藤井猛全局集 竜王獲得まで』(日本将棋連盟発行/マイナビ出版販売)

棋戦情報

第42期王将戦二次予選(主催:毎日新聞社、スポーツニッポン新聞社、日本将棋連盟)