感想
衝撃的な棋譜。これも藤井将棋の傑作のひとつではないだろうか。
『藤井猛全局集 竜王獲得まで』で最初に出てくる相振り飛車の棋譜。藤井三段の高美濃に泉六段の金無双。
藤井三段が露骨に金無双の弱点である6四の地点を狙いに行ったところ、泉六段が十字飛車を狙ってきた。
☖4五歩は取りづらく、受け方が難しい。☗8九桂も立ち遅れているため、うっかりすると守勢にまわることになってしまう。藤井三段の解決策はノーガードの攻め合いだった。☖2六歩は手抜く、☖3六歩も手抜く、☖3七歩成☗同桂に再度の☖3六歩も手抜く、そして極めつけは再度の☖3七歩成に☗2九玉!と引いた。
玉の頭にと金を作られて玉を引くのは初めて見た。第31期名人戦七番勝負第2局、大山康晴十五世名人の☖8一玉を彷彿とさせる。
この攻め合いの間に、立ち遅れた桂馬を☗7七桂~☗6五桂~☗5三桂成と三段活用し、一気に寄せ形を作っている。激しい攻め合いだった。その激しさの中でも、☗4四歩や☗6三金を利かせたのが抜かりなく、☗5五の金を主軸にするのではなく下段で寄せられる形にした。
77手目の局面からは王手ラッシュ。飛車の利きがあるので大丈夫と思いきや意外と危ない。しかしこの泉六段の追い込みに対しても、藤井三段は冷静沈着で、正確そのものだった。96手目の☖6三馬は急所の金を抜かれながらの詰めろ逃れの詰めろであり、素人の私は「あっ」と声を出したが、☗2一飛~☗6三歩成が三手一組での詰めろ逃れの詰めろ返しで先手勝ち。
本譜はこの☗2一飛が投了図となった。実に華々しい藤井将棋だった。
本局、三段時代ながら河口俊彦八段の『対局日誌』に取り上げられている。この頃河口八段からすると、藤井三段はまだ「見知らぬ少年」だった。それがこの将棋を通して一気に「強い」という評価を得た。河口八段から見ても、☖2六歩、☖3六歩と攻められてもびくともしなかったこと、☗5三桂成☖3七歩成のとき☗2九玉と引いて詰まないことを読み切っていることが印象に残っているようで、強さの根拠に挙げていた。河口先生と着目したところが近く、嬉しいものがある。そしてもう一つ、「秒読みに平気でいられること」も理由に挙げていた。河口流の将棋の見方で、こういう棋士が棋士を見る読み物は本当に面白い。サブタイトルは『藤井三段を見よ』であった。
そして『藤井猛全局集 竜王獲得まで』自戦解説編の中で、藤井三段は河口八段に「強い」と褒められた『対局日誌』を読み、「三段リーグを戦っていた最中で、自信になったのを覚えている。」と述懐している。
評価値
均衡が破れたのは☖5五金(66手目)だった。☗6五桂が飛んでくる前に先手に対して最も厳しく攻めていく筋であったが、その後藤井三段は31分投入して☗6五桂を敢行して斬り合いを選択、本譜の手順に飛び込んだ。藤井三段の読みの正確さに脱帽するほかない。
参考文献
- 藤井猛著『藤井猛全局集 竜王獲得まで』(日本将棋連盟発行/マイナビ出版販売)
- 河口俊彦『新・対局日誌 第五集 升田と革命児たち』(河出書房新社)
※『将棋マガジン 1991年4月号』掲載の「対局日誌」を収録したもの
棋戦情報
第22期新人王戦本戦(主催:赤旗、日本将棋連盟)