感想
河口俊彦七段との一戦。私は河口六段の『新・対局日誌』で将棋を見る目を養った。『藤井猛全局集』では藤井猛九段の棋譜を並べるほかに、河口六段のような棋士の棋譜も並べることができる点でも嬉しいものがある。
戦型は相振り飛車。この頃としては珍しい藤井四段の相振り飛車で、1990年代の相振り飛車サンプルとして貴重な棋譜だ。河口六段は三間飛車に、藤井四段は四間飛車に構えた。一口に「四間飛車」に構えたとは言っても、☗5七銀型に目をつけ、早めに☖2六歩~☖2五歩~☖2四角とのぞき、☗4六歩と突いたところで☖4二飛と振ったところに藤井四段の序盤のこだわりを感じる。安易に向かい飛車に構えるのではなく、先手陣の形を見ながら、無駄な手を一切省いた印象がある。
そうした細かい工夫の積み重ねの効果で早めに動くことができ、42手目は攻めの銀と守りの銀の交換を果たした。しかも一歩得。早くも藤井四段良しの雰囲気がある。47手目は、先手も一歩交換を果たし、☗3四歩の狙いが生まれている。
ここでどう指すか。将棋が強い人は☖3四歩のような手は絶対に指さない。藤井四段の答えは☖2六歩~☖4五歩!の攻めだった。☗3三角成は☖4六歩がクリティカルヒットになる。銀を剥がした効果など、これまでの手順がすべて活きており気持ちが良い。この後出てきた☖3六歩に☗同金と呼び込んでの☖4四角がまた上手く、本局で最も感動した手順だ。
その後も快調な手順が続き、77手目☗4八銀が図として載っていた。
こういう図が載るときは、藤井九段が「ここで決め手があるので考えてみてください」と言っているようなものだ。後手が勝てそうだが☗5四歩がメガトン級で迂闊な手を指すと簡単におかしくなる。☖4六銀と単に押さえるような手は☗4七歩でもパッとしない。☖6六飛と切るのがいかにも藤井流の決め方に思える。しかしその次が難しい。☖4六桂は上に逃がしそうだ。安易に王手飛車を決めないのが出題意図かもしれない。であれば、☖6六飛☗同歩☖3五桂ではないか。これだ。「ついに私は藤井四段の境地にたどり着いた」と自信満々に手を進めると、☖6六飛☗同歩☖4六桂が正解だった。
藤井四段は飛車を取って自陣の脅威を取り除きつつ、冷静に中段で玉を捉えた。勝ちを読み切るというのは決して簡単ではなく、具体的な手順で解決する力が必要だということを改めて実感した。
評価値
仕掛けた辺りから既に藤井四段に振れており、その後一度も先手に触れることなく順調に差を広げていった。藤井四段の快勝譜。77手目の局面は☖6六飛☗同歩☖3五桂でも悪くなさそうで、とにかく☖6六飛なら正解にしてくれるかもしれない。しかしこういうのは、藤井四段が指した手を当てたいものだ。
参考文献
- 藤井猛著『藤井猛全局集 竜王獲得まで』(日本将棋連盟発行/マイナビ出版販売)
棋戦情報
第62期棋聖戦一次予選(主催:産経新聞社、日本将棋連盟)