感想
藤井九段が将棋を指し始めた頃の話をするとき、大内九段の名前が出てくる。中飛車党になり、NHK杯で大内流の振り飛車にハマり、実戦譜を何度も並べたというものだ。藤井少年が憧れた大内九段と棋聖戦三次予選という舞台で戦う。
この頃あまり相振り飛車を指さない藤井六段は、4手目☖8四歩と突いて居飛車を明示。大内九段の四間飛車に対し、居飛車穴熊に組みに行った。本局は1か月前に井上慶太六段に対居飛車穴熊藤井システムを披露した直後の対局だ。対大内九段という感慨深さがあったが、それよりも四間飛車に対する居飛車穴熊で良くしに行く気概も大きかったのではないかと思う。
大内九段は☗7八銀型のまま駒組みを進める。☗9六歩を活かして機を見て☗6五歩から動いていく筋を狙っている。22手目☖7四歩は飛車のこびんが開いて気持ち悪いが、☗7五歩を阻止している。
ならばと☗5六歩~☗5五歩と素早く弱点を狙いに行く。しかしあっさり☖5五同歩と取り☗同角に☖9二飛と寄って耐えている。
この後☖7二飛☗5五角☖9二飛☗6六角という手順があり、再度☖7二飛なら千日手も考えられたが藤井六段の方から☖5二飛として打開。藤井六段が局面に自信を持っていることが窺える。
序盤は早く動いた大内九段だったが、方針転換して☗2六歩から角を追い、高美濃に組んで玉頭を厚くした。その間に居飛車穴熊はさらに固くなり、藤井六段がややリードしている序中盤ではないかと思った。
76手目☖8二飛。何かあったとすればこの手かもしれない。パッと見☗5五銀から気持ちの良い捌きを与えるが、そう捌かれても居飛車穴熊の方が良いと言っている。しかし大内九段の指し手は☗3五歩。
捌かず、☖8六歩も受けず、玉側の桂頭に傷を抱える☗3五歩は「まさか」という一手だ。
突然局面の流れが早くなった。☖3五同歩は☖8六歩が入らなくなるかもしれない。☗3五歩にもう☖8六歩と突いて局面と手のスピード感を合わせて行く。☗3四歩は大きな拠点だが後手からも☖3六歩という確実な手がある。とは言え先手の駒効率が抜群に良く、ここでは先手が良く見える。☗5四銀が存分に働きそうだ。
藤井六段もなんとか先手で飛車を成り込み、90手目☖8四角!という勝負手を見せた。しかし☗2二角成が冷静で厳しい切り返し。居飛車穴熊は薄くなり、☗3四歩の拠点はと金にかわり、あっという間に寄り形になった。先手玉は薄いが、広い空間を味方につけている。
最後は大内九段が敢えて王手桂取りを掛けさせ、☖3四角の瞬間☗3一飛成で取り返せる形を作った。114手目は☖2一飛であれば詰みは無いが☗3四竜で攻防とも見込みなし。☖2一銀と合駒をし、敢えて☗2二竜から斬られることで棋譜を美しく残した。
評価値
印象通り中盤は居飛車の方に振れていた。76手目☖8二飛は疑問手でもなくその瞬間振り飛車に振れている訳ではないが、局面の激しさが増した瞬間、大内九段が見せた切れ味は素晴らしかった。
参考文献
- 藤井猛著『藤井猛全局集 竜王獲得まで』(日本将棋連盟発行/マイナビ出版販売)
棋戦情報
第67期棋聖戦棋聖リーグ(主催:産経新聞社、日本将棋連盟)