1992/5/19 藤井猛四段—青野照市八段(王将戦)

感想

急戦の大家、青野照市八段との戦い。スペシャリストの将棋はいつもワクワクするものがあるが、青野八段の場合は急戦のスペシャリスト。アマチュアにとって振り飛車対急戦の対抗形は最も勉強するところだが、プロの実戦ではなかなか現れない。青野藤井猛戦というカードは絶対的に楽しみなカードの一つだ。

『藤井猛全局集』を並べていると、対振り飛車急戦の優秀さと、振り飛車の実戦的な勝ちやすさや粘り強い指し回しという構図を肌で感じることができる。山田道美九段が整備してきた道は決して間違いではない。もっと振り飛車対急戦の対抗形が増えることを願っている。

ちなみに本局の記録係は行方尚史三段。自戦解説編の棋譜は記録係が載っているのも良い。

本局は藤井四段が三間飛車に構えた。自戦解説編によると鷺宮定跡への研究がまだ浅かったと述べている。研究していないから実戦で指さないというのが藤井四段らしくて良い。対して、青野八段は当然の急戦策。しかも☖2二角という新しい構想を披露してきた。

私は三間飛車対急戦の定跡はあまり知らないが、本譜の青野八段の攻めは強烈で成功しているように見えた。銀香交換の駒損になり、4九の金も美濃囲いから離れ、☗5九角と苦しそうな角を打たされた。藤井四段がやや苦戦を意識した手を指しているように見える。自戦解説編によるともっと良い対応があったようだ。

53手目☗3五歩からは玉頭に戦線拡大を求めた。3筋を抑えて☗3七香はさすがのバランス感覚だが、一方で青野八段も☖5五歩~☖5六歩が美しい切り返し。飛車の横利きを通しつつ先手陣にプレッシャーを掛け、一歩を入手し☖7六歩を実現させた。青野八段が良さそうだ。

59手目☗8三成香は駒損している中でさらに駒を捨てる手なので非常手段気味に見えた。しかも駒を捨てて☗7四歩と突いても☗7三歩成とは取りづらい。駒割りは金桂損。それでも☗9五歩~☗9九飛とじわりと大駒の働きに差をつけようとしている。この辺り藤井四段は「金桂損でじっとするのは今見ると自分でも驚く」と振り返っている。逆転勝ちするには相手を焦らせないといけないが、場合によってはもっと酷いことになりかねない。本譜は若者らしい勇気のある進行だと思う。

81手目☗5四歩☖5二歩を入れたことで☗7九飛が歩切れを突いて受けにくい。しかし☖9四飛~☖9八飛成が王手の先手。それに対し、今打った☗5四歩を成り捨て☗5八歩を用意し、☗7三飛成を実現させた。お互いに主張を通しながらも藤井四段が勝負形に持ち込んでいる。☖5三歩のところ、☖7八歩はなかったか気になる。本譜は後手の角があまり働いていないのが大きそうだ。しかし間接的に☗6六金に利いているので注意が必要だ。そこで指された☗5六金が渋い。

この手は藤井先生も「本局で一番記憶に残っている手」と振り返っている。『大山康晴全集』の影響を受けているようだ。確かにこういう手に憧れる。金を寄せて受けが厚くなるが、終盤でじっと手を渡すのはとても怖い。こういう手を指して問題ないと判断し実戦で指せるというのは、非常に高い棋力が必要だと感じる。

その後の進行も受けが分厚い。99手目☗3六歩の催促も青野八段相手に憎い指し回しだ。いつの間にか藤井四段が良くなっているように見える。

100手目☖4九金は青野八段の勝負手だが、☗5九角は最終的に取らせることで働くことになった。111手目☗3三香が決め手。

☗3三歩でないことに驚いたが、あとで☗3一銀を見てなるほどと思った。

藤井四段の逆転勝ち。先手玉は序盤から薄くなってしまったが、中終盤で徐々に厚くしていく指し回しは勉強になった。居飛車急戦に勝つにはこういう指し回しができないといけない。その発端であった☗5六金は確かに印象的な一手だった。そもそも中盤、青野八段相手に駒損ながら☗9五歩~☗9九飛とじっと焦らせたのも印象的だった。

それにしても藤井四段は79手目から一分将棋だった。藤井四段の一分将棋が強すぎる。

評価値

評価値(Suisho5(20211123)-YaneuraOu-v7.6.3/1手15秒)

印象通り後手が良くなっていたが、☗8三成香の勝負手から離されずについていった線になっている。藤井四段の狙い通り、後手としては焦る展開だったと思う。

参考文献

  1. 藤井猛著『藤井猛全局集 竜王獲得まで』(日本将棋連盟発行/マイナビ出版販売)

棋戦情報

第42期王将戦一次予選(主催:毎日新聞社、スポーツニッポン新聞社、日本将棋連盟)