感想
佐藤康光前竜王との戦い。
本局は『四間飛車の急所 第4巻』の第2部第11例の元となっている将棋。藤井六段の四間飛車に佐藤前竜王の左銀急戦。テーマは☖4一金型四間飛車の先手番への応用だ。
四間飛車の解説を見ていると、よく「先手番への応用」という言葉が出てくる。先手番の方が一手早いのだから簡単に転用できると思ってしまいそうだが、その一手をどのように使うかというところに棋士の思想や工夫が盛り込まれる。後手番作戦の先手番への応用というのは一手の価値を最大限に高めていくプロならではの話であり、並べる側としてもできるだけその辺りに着目していきたい。
佐藤前竜王は☖6五歩早仕掛けを目指しているが、藤井六段は☖6四歩に安易に☗7八金と上がらず、さらに☖7三桂を待って☗7八金と上がっている。☖7三桂の前に☗7八金と上がると、☖7二飛とされて後手に動きを与えてしまう。『四間飛車の急所 第4巻』を読むと、本局の藤井六段は先後の差による一手の違いを活用し、丁寧に相手の仕掛けを封じていることが分かる。理解できるかどうかはともかく、細やかな工夫があるという解説を聞くと、棋譜並べはぐんと面白く感じるようになる。
佐藤前竜王は結局仕掛けられず、第二次駒組み合戦に移行する。そこで普通先手は木村美濃に組みがちだが、藤井六段は玉頭攻めを睨んで銀冠に組んだ。その後の☗6八角~☗4八飛と銀冠の相性の良さは視覚的にも分かる。☖2二玉と攻めの圧力から遠ざかったが、それでも☗2五歩を絡めた攻めが生じている。駒組みの段階で藤井六段が主導権を握った。
佐藤前竜王は離れた☖6三金を中央に使うべく☖5五歩~☖5四歩と歩を合わせてくるが、そこで☗7五歩が相手の言いなりにならないという一手。この手筋で佐藤前竜王の右金はなかなか中央に復帰できない。藤井六段は構想のみならず、小技でも冴えを見せる。
そうして桂馬を入手した藤井六段は、67手目☗1五歩と端攻めを敢行する。佐藤前竜王の反発があったが藤井六段が主導権を握っているのは変わっていない。76手目☖4六歩が実戦的な嫌みをつく怪しい一手だが、☗1四歩~☗2六桂と攻めが止まらない。藤井六段の玉頭からは様々な攻め筋が生まれるようにできている。
それでも佐藤前竜王は☖6三金~☖5四金と再び中央に右金を活用してきた。粘りの手順だが、85手目☗4五歩とじっと位を取ったのが印象的。なるほどこの拠点のお陰で4四の地点からいくらでも手が作れそうだ。藤井六段が優勢以上の形勢に見える。
93手目、その大事そうな拠点を捨てる☗4四歩もまた面白い。すぐには意味が分からなかったが、数手進んでみると4三の地点が空いたことや左金になにも紐がつかなくなっており、この突き捨てによる様々な効果を実感することになる。右辺からは馬が。そして左辺からは何度も振り直された飛車と桂馬が。駒取りに当てながらの厳しい手順で左右挟撃形を作った。
佐藤前竜王に快勝。藤井六段の工夫が実った藤井将棋の名局だった。藤井六段の天敵というイメージの強い佐藤前竜王だが、実は最初の2局は藤井六段が2連勝を飾る。
評価値
右肩上がりの快勝譜。つけ入る隙のない将棋だったと思う。
参考文献
- 藤井猛著『藤井猛全局集 竜王獲得まで』(日本将棋連盟発行/マイナビ出版販売)
- 藤井猛著『四間飛車の急所 第4巻』(浅川書房)
棋戦情報
第14回全日本プロトーナメント(主催:朝日新聞社)