感想
約1か月半ぶりの行方尚史四段戦。前局では行方四段得意の☖1二玉型天守閣美濃に敗れた。
本局は自戦解説掲載局。また『藤井システム』(毎日コミュニケーションズ)に自戦記が掲載されている。有名局の一つでもあり、歴史的に大きな意義を持つ将棋でもある。また、河口俊彦八段の『対局日誌』にも取り上げられている。
本局も行方四段は☖1二玉型。この形に自信を持っていることが分かる。前局では☗4七金を早く上がってしまい☖4四銀~☖3一角で☗8八飛を強いられてしまった。藤井六段は当然改良策を持ってきており、29手目☗4七金ではなく先に☗2七銀と上がった。☗5八金型であれば☗6七銀に紐がついているので☖3一角に☗8八飛と回らなくても良い。
それにしても☗2七銀は銀冠に組む手順を少し変えただけのようであるが、行方四段はここから31分、28分と連続長考しており、藤井六段の工夫を警戒しているように見える。
☗4七金を見て☖4四銀。ここで☗6七銀なら☖3一角で結局☗8八飛と回ることになるがそうはさせない。☖4四銀に☗1八飛!が藤井六段が用意してきた研究だった。佐藤康光竜王戦(1994/7/21・王将戦)で☖8二飛に回る含みのある将棋を披露したが、その時点で本局の端飛車にも思いついていたようだ。時代を先取りしている。とは言え、これを実現させるためには繊細な手順が必要だ。
この☗1八飛は『藤井システム』(毎日コミュニケーションズ)で「怪傑!端飛車編」として定跡化されている。本局はそれよりもさらに得をしようと、☗2五歩も入れて2つの筋で歩交換を果たした。藤井六段の評価は「作戦成功」。まったくもって素晴らしい。
しかし45手目☗1五銀が疑問だったようで、8筋の歩交換で先手が取れず、☖2二玉と立て直す猶予を与えてしまった。さらに☗7一角~☗4五桂も「焦って攻めた」疑問手で、次の☖1四歩を見落としたとのことだった。作戦成功した将棋だったが、ここは後手が良くなっている。
ところが66手目☖1三同桂と今度は行方四段が疑問手を指してしまった。この桂馬を取りつつ端の突破が確定しことで、藤井六段が息を吹き返した。
再びところがとなるが、85手目☗4五桂がまた疑問手で、寄り筋に持っていく順を逃した。まさに泥仕合だ。
河口八段はこの中盤を次のように記している。
作戦がうまくいって藤井が必勝。それが寄せをもたつき、行方もお付き合いして、悪手、筋わるの連続。「こりゃ対局日誌のタネにしよう。久し振りに悪口が書ける」と呟いたものだった。
河口俊彦著『新 対局日誌 第八集 七冠狂騒曲【下】』(河出書房新社)
終盤の攻防については『藤井システム』(毎日コミュニケーションズ)に載っておらず、自戦解説と『対局日誌』を比べて読むと面白い。ハイライトされているのは122手目☖3六歩に☗2七金と寄ったところ。
先手玉は4八におり、こんな玉の近くに拠点を残すことは、通常考えづらい。河口八段は「こういうのは見る聞くない、☗同金と取る一手だ」と言う。解説の中川大輔六段も☗2七金に驚いた様子が記されている。行方四段も☗3六同金を読んでいたはずのところ、常識外に見える☗2七金を指されたことでカンが狂い、次の疑問手☖5二玉を誘ったというのだ。まさに対局者心理。本当かどうかはともかく、そう思わせる説得力がある。やはり『対局日誌』は面白い。
しかし藤井六段は自戦解説で、☗3六同金は☖2七角からの具体的な変化を嫌って☗2七金と寄ったということをさらっと書いているだけだった。藤井六段からすれば☗2七金は当然の手だった。河口八段は最後にこう締めた。
棋士のなかにも、異常感覚の持ち主はいる。しかし、あそこで☗2七金を、当然の手として指すのは、藤井以外にいないだろう。そこで、強い、と仲間に認められる。
河口俊彦著『新 対局日誌 第八集 七冠狂騒曲【下】』(河出書房新社)
私のような素人はプロの将棋は一手も悪い手と思えないので、まず悪手疑問手を、書き手の主観で良いので、悪手疑問手と断じているのが良いと思う。その上で☗2七金にこれほどまでスポットを当てられると、いかにこの☗2七金が周りの人間にとって驚きのある手だったかというのが分かる。藤井六段はこの後対穴熊藤井システムを開発し、竜王への階段を駆け上がっていく。藤井六段が、他の棋士と比べてなにが違い、なぜ竜王になることができたのか。河口八段の文章はそういうところを教えてくれる。
評価値
解説と評価値はほぼ一致しており、棋士の研究の正確さが現れている。
参考文献
- 藤井猛著『藤井猛全局集 竜王獲得まで』(日本将棋連盟発行/マイナビ出版販売)
- 藤井猛著『藤井システム』(毎日コミュニケーションズ)
- 河口俊彦著『新 対局日誌 第八集 七冠狂騒曲【下】』(河出書房新社)
棋戦情報
第14回全日本プロトーナメント(主催:朝日新聞社)