感想
6連勝中の藤井五段と3勝2敗の石川五段の戦い。石川五段とは初手合い。
戦型は藤井五段の四間飛車に石川五段の天守閣美濃。
本局は『藤井システム』(毎日コミュニケーションズ)に自戦記が掲載されている。
この将棋は石川五段が一段金のまま駒組みをする工夫を見せる。この工夫は阿部隆六段戦(1993/11/25・棋聖戦)で阿部六段が披露したことがある。
居飛車の駒組みが一手早いため、普通に進めると☖8四歩や☖6五歩など、対左美濃藤井システムに必要な一手が間に合わない。
そこで藤井五段は、一段金に対応するように☖6二玉型で駒組みを進める。自戦記によると「場合によっては6二玉型で戦うことも考えていた」とある。ただ本局は26手目☖7一玉とし、振り飛車だけ定跡型に戻った。居飛車は一段金を保っており一手早い。
29手目☗2四歩なら先述の阿部六段戦だが、石川五段は☗7七銀引と引いた。阿部六段戦とは別のことを考えていることが分かる。☗7七銀引にはつい☖6五歩と位を取りたくなるが、そうすると☗3六歩~☗3五歩の仕掛けの定跡に入った時に、☖8四歩が入っておらず振り飛車からの反発がない。これが居飛車の狙いだと『藤井システム』に書かれている。この頃対左美濃藤井システムの完成度はますます高まっているが、石川五段はそれに立ち向かっている。
それを看破した藤井五段は☖6五歩ではなく☖4五歩と角道を開ける。これなら☗3六歩には☖8四歩が入る。玉頭から攻めて行くには少なくとも☖4五歩と☖8四歩が必要だが、☖6五歩を突くとそのどちらかが入らないということで、非常に高度な駆け引きが行われている。ただし、☖6五歩も対左美濃藤井システムの骨子だ。☖6五歩と突くことで、角道を通したまま居飛車の囲いの進展性を防ぐことができる。
☖4五歩に石川五段は☗3六歩ではなく☗6六歩とした。一段金を活かし、☖6五歩の位取りを阻止した。これが居飛車の第二の狙いだった。
このまま☗5八金~☗6七金とされてはいけないが、本局はここからの藤井五段の指し回しが白眉。
6筋の歩の突き捨てから☖5四銀~☖6五銀は、手順に歩と逃げられて歩を回収できないので一見驚きの動きだが、☖8四歩から☖7五歩~☖8五歩~☖9五歩とどんどん突き捨ていき、ぐんぐん局面が良くなっていくことが分かった。
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まず☖7五歩は取らざるを得ないが、☖7六歩と打てるようになった。☖8五歩は取ると桂馬が飛んでくるのでこれは取れない。たまらず米長玉に逃げるが今度は☖9五歩が☗同香なら☖同香~☖7六歩~☖8六歩~☖8五桂が刺さる。☖9五歩も取れない。7筋~9筋の突き捨てひとつひとつがメガトン級のパンチだった。
この一連の手順によって、7筋~9筋に拠点を作れる状況になった。後方支援に角銀桂香を据え、歩だけで先手陣が崩壊した。げに恐ろしき藤井システム。そしてこの時、右金が出遅れていることで☖7六歩を許しているのも分かる。藤井五段が石川五段の工夫を完全に覆した。藤井五段の対応力が素晴らしい。
以下、そのまま上部から押しつぶす形で勝負を決めた。☖4二飛の飛車が手に乗る形で6四に移動し、玉頭に参戦したのも味が良かった。
この将棋は、石川五段が完成度の高い対左美濃藤井システムに一石を投じるような構想を見せたが、藤井五段がさらにそれを上回る対応を見せた、非常に面白い将棋だった。将棋を覚えた頃この将棋を並べたことがあったが、この面白さには気付かなかった。対左美濃藤井システムを知り、この時期の将棋を時系列で並べてきたことで少しでも藤井将棋の面白さを感じられることが増えているのなら、こんなに嬉しいことは無い。
評価値
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自戦記で指摘されている通り、☗2六飛が疑問でそこから後手が良くなっている。玉頭攻めが炸裂する形になっていた。
参考文献
- 藤井猛著『藤井猛全局集 竜王獲得まで』(日本将棋連盟発行/マイナビ出版販売)
- 藤井猛著『藤井システム』(毎日コミュニケーションズ)
棋戦情報
第53期順位戦C級1組(主催:毎日新聞社、日本将棋連盟)